寄稿文6 – 一級試験が100倍楽しみになる~一家和楽へ向けた信心の書「兄弟抄」を別視点から見る~

(すたぽ運営事務局から)
この記事は、すたぽに寄稿いただいた原稿を記事として公開させていただいております。ご寄稿者に御礼申し上げます。


投稿者:フレドリック・ブラウン

9月の教学試験1級で扱われる「兄弟抄」は、日蓮大聖人の直筆(=「真筆・しんぴつ」と呼ぶ)が現存するお手紙で、池上本門寺に保存されています。現代にまで伝わる大聖人真筆の写真を集めた『日蓮聖人真蹟集成』にも当然「兄弟抄」が収録されています。その項を見ると、池上兄弟やその夫人たちに向けて書かかれた大聖人の真心の文字が、墨痕鮮やかな筆跡が、余白もないほどに紙面いっぱいに広がっていることがわかります。「今この時に、この瞬間に、池上たちにかけたい言葉がある。その言葉で、心で、わたしの胸はあふれている」という大聖人の心中がその筆致からうかがえます。

創価学会員のなかには、未入会の家族と暮らし、学会活動に走る人がいます。もちろん彼・彼女らは「信心をしている/していない」で家族を差別したりしません。ですが真心の発露として――たとえば未入会の父に、子に「信心をしてほしい」と――入会を願う気持ちは芽生えます。そんな思いを持つ同志の支えになってきたのが「兄弟抄」でした。池上一家のなかで信心を貫く母子。父は信仰に反対です。池上の兄・宗仲は父に勘当もされます。ですが最終的には父の信心を勝ち得る。そんなドラマの端緒となった出来事が知られるのが同抄です。

このお手紙が書かれたのは建治2年とされます。かつては文永12年作とも言われましたが、鈴木一成氏や岡元錬城氏、都守基一氏、山上弘道氏等々の研究から、「兄弟抄」は建治2年4月に書かれたものとすべきという意見が現在は有力になっています。

実は、この建治2年ごろ、大聖人門下に同時多発的な動きがありました。それは、多くの弟子が自らの信仰で大難を起こし、それに打ち克っていったという現象です。シンプルに断言することはできませんが、それまでの法華宗(=日蓮に感化された師弟子)への大難は大抵が大聖人の戦いを主因とする酷難でした。師が引き起こした難でした。しかし文永11年に大聖人が身延山に入られたことを機に法華宗への難は質を変化させます。弟子の戦いを主因とする難が起こるようになったのです。池田SGI会長はこう書いています。

「鎌倉幕府は大聖人の至誠の諫暁を聞き入れず、大聖人は身延に入山されます。蒙古の襲来は必至という切迫した状況にあった。『民衆の幸福』『国土の平和』『仏法の蘇生』という目的を成就するために、宗教革命は次の段階の闘争に入りました。すなわち、広布の展開は、いよいよ『本物の弟子の闘争』の時代へと、大きく転換点を迎えていたのです。それは、真正の弟子が法華経の行者の魂と実践を継承し、『日蓮が一門』に、師弟不二の闘争精神が横溢する時です。今度は、門下の一人一人が、自ら『法華経の行者』として勝利していく。そうした広布継承の時代が幕開けすることによって、本当の意味で民衆仏法が確立されていく。この弟子の時代が、身延入山期からの展開です。四条金吾夫妻、池上兄弟と夫人たちなど、一人一人が宿命を大きく転換しゆく闘争が始まります」(『勝利の経典「御書」に学ぶ』)

「師匠(=日蓮大聖人)の呼びかけに応じて(中略)四条金吾や池上兄弟らが、僭聖増上慢の勢力と戦い、三障四魔に打ち勝つ信心を確立していきました。さらに、日興上人とともに大難と戦い、難に屈しなかった熱原の三烈士をはじめとする農民信徒が出現しました。こうした弟子たちが立ち上がって、師弟不二の宗教が成ったのです」(同、(  )は引用者)

身延に入られた大聖人は、かたちの上では多くの弟子の視野から遠く離れ、姿は見えなくなりました(ちょっと大げさな言い回しでしょうか)。「その時」弟子たちは自らの闘争で自身を「法華経の行者」として成長させていきました。今こそ弟子が立つ時! との意志が、「弟子の時代」という広布の「時」をつくったのです。そのことを通し、SGI会長は「師弟不二の宗教が成った」と語りました。

そういった意味で「兄弟抄」は、弟子の時代の先駆けを飾った池上兄弟の信心を知る書としても読むことができます。特に、師匠の姿が物理的に見えにくくなる時代にあって信心を貫いた大聖人門下のありよう知ることはとても重要です。

「兄弟抄」前後に書かれたとされる「撰時抄」真筆で大聖人は、自らのことを「釈子日蓮」と記しています。「釈尊の教えを伝える弟子・日蓮」との自覚が大聖人のなかにあったのかもしれません。また真筆「兄弟抄」のなかに出てくる「日蓮」という語には「それがし(=某)」と読みがなが振られています。同抄に散見される「日蓮」の語のうち一カ所をのぞくすべての語に「それがし」とルビが振られている。大聖人はあえて自らを「特別な存在ではないよ」と示されたのです。これは「日蓮が大難を勝ち越えているのは、何も特別なことではないんだよ。君にもできるんだよ。今はつらいかもしれないけれど、どうか、あきらめないで」との「支え」の意義が込められている箇所とも拝せます。大聖人は自らをあえて「釈尊の弟子」として位置づけ、門下たちと自身を並列にするようにして「それがし」と表記されました。師弟の間に差別はないということでしょう。

仏といっても人間です。その人間が、あなた(弟子)と同じ人間である師が、人間としての可能性を最大に示し、法華経の行者として生きぬかれている――。同じ人間ならば、その可能性は弟子にも開かれているはずです。そのことを何とか弟子に伝えたいという大聖人の意志が「兄弟抄」真筆からありありと看取できます。

弟子が時代をつくる。弟子が「時」をつくる。「撰時」する。そんな弟子が陸続とあらわれることを期待し、その弟子に同苦しつつ真心を込めてしたためられたのが「兄弟抄」です。

ぜひ1級試験を機縁に読み深めてみてはいかがでしょうか。

執筆者プロフィール

フレドリック・ブラウン
自称、日本一のSF好き創価学会員。仏教学、宗教学、哲学、歴史学、文学等の書籍・論文乱読で強化された妄想癖が特徴。サンスクリット、漢語、ドイツ語、英語のたしなみも少々。レヴィ=ストロースに感化され、フィールドワーク的に創価学会の研究も行っている(組織の方々には当然、文底秘沈)。資料へのアクセスの良さから30歳の時に転職・上京し、現在は某大手証券会社に勤務。仕事のかたわら学究に努めている。九州大学出身。東京都在住。