権力に対する抵抗-大粛清時代のショスタコーヴィチ交響曲5番(後編)

(前編からのつづき)

ここで、ショスタコーヴィチの交響曲5番の中身を、あまり専門的にならずに出来るだけ平易に、しかし本質を失わないように私なりに解説してみたいと思います。

その前に、基礎知識として、楽曲の交響曲の構成というものを簡単にお伝えしておきたいと思います。

 

先ず、交響曲という楽曲の形式ですが、これは簡単にいうと、管弦楽(オーケストラ)によって演奏される多楽章構成の楽曲です。

歴史的には古典派音楽(ハイドン、モーツァルト)で形式のひとつの完成をみました。後にベートーヴェンが9つの交響曲を作曲して、交響曲の在り方の頂点を築いたことは皆さんご存知だと思います。一般に交響曲は基本的に4つの楽章からなることが大半です。

 

次に「ソナタ形式」と「調性」(楽譜で♭とか♯がついてる、あれです)ですが、交響曲は基本、冒頭楽章などに、典型的には「ソナタ形式」が用いられています。「ソナタ形式」とは、簡単に言うと、原則的に曲の構成が「提示部ー展開部ー再現部ー結尾部」というような形になっています。

漢詩の絶句の「起承転結」みたいなものですね。
また、「調性」というのは、簡単に言うと、その曲の「雰囲気」みたいなものです。

大雑把にいうと、長調は明るくポジティブで、短調は暗く、悲劇的な印象、みたいな捉え方で良いと思います。各々の調性で同じ明るさ、暗さでも意味合いやニュアンスが微妙に若干違ってきます。

 

ショスタコーヴィチの交響曲5番は古典様式に沿った、4楽章構成(緩急緩急)で作曲されました。第一楽章は「ソナタ形式」で、「調性」はニ短調です。
ニ短調は、厳粛・敬虔・怒り・恐怖など、人間的感情を強く表す調性とされていて、有名なベートーヴェンの第九交響曲、神に捧げたブルックナーの第九交響曲もニ短調で書かれています。

 

総括的に端的にいうと、プラウダ紙上での激しい個人攻撃を経て、「人民の敵」である作曲家ショスタコーヴィチは、従来の前衛主義的な作曲技風を真摯に反省して改め、社会主義の理想に沿うよう古典的な作曲手法に回帰しました。

その結果、ベートーヴェンの第五交響曲と酷似した、「人間、労働者(プロレタリアート)の苦悩を通じて歓喜に至る」交響曲を書き上げることで、プラウダ、スターリンの批判に見事に応え、その演奏会は大成功を収めました。
めでたし、めでたし、これで世界的名声をさらに得て、彼は処刑されずにすみました、本当に良かった、というのが表向きの世間的な評価です。

 

しかし、彼の真意は果たして本当にそうだったのでしょうか?

 

後年、ショスタコーヴィチは作品の随所で、色々な作品の旋律を多く複雑に謎解きのように引用することで知られます。
有名なこの第5交響曲も例外ではありませんでした。しかも、発表当時は全く議論されていませんでしたが、今では次の楽曲の引用が第5交響曲の各所で認められることから、ショスタコーヴィチのこの作品に込めた真意が刻まれていますので、少し長くなrうかもしれませんが、是非一緒に確認したいと思います。

 

鍵となる引用は二つの作品です。
一つはビゼーのオペラ「カルメン」から、有名なアリア、「ハバネラ」からの引用、そしてもう一つは自作の歌曲で、プーシキンの詩に彼自身が作曲した「プーシキンの詩による4つのロマンス」作品46の「復活」からの引用です。

ハバネラは自由奔放に愛と恋を歌う内容の歌詞で、特に重要とされているとされる引用箇所は、「(あたしの誘惑を)信じるな!/ 気をつけなさい!」の合唱の部分です。

 

プーシキンは帝政ロシア時代に圧政に抵抗して反権力的な詩を書いた詩人で、
「復活」の部分の歌詞は、

「未開人の画家が うつろな筆さばきで 天才の絵を塗りつぶし
法則のない勝手な図形を その上にあてどもなく描いている。
だが、異質の塗料は年を経て 古いうろこのようにはがれ落ち
天才の創造物はわれわれの前に以前の美しさを取り戻す。
かくて苦しみぬいた私の魂から かずかずの迷いが消えてゆき
はじめの頃の清らかな日々の幻影が心のうちに湧きあがる!」(3)

というものです。

 

不思議なことに、カルメンからの引用「気をつけなさい!/ 信じてはいけない!」の部分にあてられた音形(ADEF)と、ショスタコーヴィチが「復活」の冒頭の歌詞にあてた音形のモチーフ(ADEF)が同じなのです。

 

そして、いよいよ彼の第五交響曲において特に注目すべき部分をみてきましょう。

冒頭、第一楽章の主題提示部は、ニ短調の極めて深刻な雰囲気から、重々しく緊張感を伴って開始されますが、その音形は、カルメンの「気をつけろ!/信じてはいけない!」と類似のADEF♭です。このフレーズが上述のプーシキンの詩「復活」の「未開人の画家が、、」の歌詞に相当することは前述の通りです。

つまり、プラウダ批判に応える形で発表されたこの交響曲は、曲の最初から、
「(スターリンの全体主義体制下の恐怖政治を)気をつけろ!/信じてはいけない!!」
「スターリンが(天才である)自分の芸術を謂れなき誹謗中傷で破壊している!!」

という二重の意義が込められ、芸術家の痛切な魂の叫びが血を吐くように開始されるのです。

そしてこの交響曲は、このモチーフが中核となって楽曲が悲劇的に展開されていきます。

第二楽章でも、詳細は省きますが、カルメンのハバネラからの引用が多く用いられています。
第三楽章は、後年彼自身が「私の交響曲は墓碑である」と証言したように(4)、粛清の犠牲になった人々への追悼の祈りに溢れています。会場ですすり泣いた人々の多くは、犠牲になった周囲の身近な方々に思いを馳せたことと思われます。

 

勝利の行進曲風の、勇壮な第4楽章は特に有名で、この部分だけが吹奏楽等で演奏される頻度も多く、皆さんも耳にしたことがあるかもしれません。

荒々しく野蛮な猛烈なリズムでテンポよく開始される有名な第4楽章の冒頭の音形も、やはり「ADEF」なのです。この音形が咆哮し、荒れ狂い、曲がクライマックスの頂点を築いた後、ハープで美しい旋律が奏でられますが、その旋律こそ、「プーシキンの詩による4つのロマンス」の「復活」の、

「かくて苦しみぬいた私の魂から かずかずの迷いが消えてゆき
はじめの頃の清らかな日々の幻影が心のうちに湧きあがる!」

の歌詞が当てられた部分なのです。

そうです、ショスタコーヴィチは内面ではスターリンの大粛清による恐怖政治の弾圧に屈せず、政治権力による迫害に対し、曲の中では巧妙な手法で高らかに自己の藝術の勝利宣言を謳っているのです。

そしてのこの交響曲の終結は、A音(ラ=リャ、ロシア語で私)が通奏低音で響き渡る中、この「ADEF」のモチーフが夥しく幾度も繰り返し奏されます。

つまり、
「俺は絶対にスターリンの全体主義下の恐怖政治を決して信じないぞ!!!
最後に真に復活するのは俺の藝術なのだ!!」
という意味が作品に強烈に刻み込まれているのです。

そして、最後に激烈な打音と共に曲は終結します。

 

いかがでしょうか?

以上みてきたように、ショスタコーヴィチの第5交響曲は「プロレタリアート藝術の好例」と呼べるような作品でしょうか?

ショスタコーヴィチは恐らく処刑されることを覚悟し、巧妙に、獰猛な権力者に気づかれないように上述のメッセージを楽曲に組み込み、未来に解読されることを託したのだと思います。

 

当時、「プーシキンの詩による4つのロマンス」が未発表であったことをもあり、ハバネラの引用も含め、この巧妙なメッセージに気づいた人は殆どいなかったと思われます。

ただ一人、初演に力を尽くした指揮者ムラヴィンスキーとは以後も親密な関係を築き、ムラヴィンスキーのショスタコーヴィチ演奏の解釈は生涯を通して世界最高峰でしたから、聡明なムラヴィンスキーは内心ではショスタコーヴィチの真意に気づいていたと思われます。

 

解説が長くなってしまいましたが、皆さんが今度彼の交響曲5番を聴く機会があれば、上記背景に思いを馳せていただければ、と思います(日本国内では「革命」という題で受容されて有名ですが、ショスタコーヴィチ自身が聞いたら、苦笑するかもしれません、、、、)。

日蓮大聖人は、信仰により時代の権力者による様々な迫害を受けましたが、最重要と言われる重書『撰時抄』の一節に、

「王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも
心をば随えられたてまつるべからず」(5ー御書p287)

と高らかに内面の信仰の自由、人権の自由を宣言しています。大聖人のこの言葉は、ユネスコが編纂した「語録 人間の権利にも収載されています。
ショスタコーヴィチが第5交響曲に刻んだ権力に対する内面の強い抵抗の意思表示もここに通じる部分を感じます。

 

創価学会第3代会長池田大作氏は、日蓮大聖人のこの部分につき、代表的著作『法華経の智慧』で次のように述べられていますので、引用したいと思います。

「斉藤: 大聖人は撰時抄で「王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず」(御書 p287)と仰せです。「身を随えられる」とは、難を受けて忍ぶことです。「心は随えられない」というのは、心では負けていないということです。
名誉会長: それが「忍辱の心」です。大聖人が佐渡に流されたのは、身をば随えられたのです。しかし、お心は「流人なれども喜悦はかりなし」(御書 p1360)との大境涯であられた。
忍辱の心とは、もっとも強い心です。真の勇気があるから、耐えられるのです。勧持品(第十三章)に「忍辱の鎧」とあるのは、その強さを譬えているのでしょう。
仏の別名を「能忍」(能く忍ぶ)という。釈尊も大聖人も「耐える人」であられた。
遠藤: 法師品では、法師が難に遭うことを強調しています。
大聖人が身で読まれた「此の経は、如来の現在すら、猶怨嫉多し。況んや滅度の後をや」(法華経 p390)の文も法師品で説かれます。
須田: 法師が難に遭う理由は、法華経が難信難解の経であるからだと説かれています。難信難解だから、釈尊の在世ですら怨嫉が多かった。まして、滅後においては、さらに難が大きい、と。
名誉会長: 「況んや滅度の後をや」が大きいのか。なぜ、仏の「在世」よりも「滅後」のほうが難が大きいのか。
「滅後」とは、仏の精神が忘れられ、宗教的、思想的に混迷する時代のことです。かりに仏を崇めているようでも、肝心の「仏の精神」は忘れ去られている。仏教の「宗派」はあっても、「仏の心」は生きていない。
「宗教のための宗教」はあっても「人間のための宗教」はない。法華経は、特にそういう時代のために説かれた経典です。
「仏の心」を忘れ去った時代に、「仏の心」を伝える法華経を弘めるからこそ、怨嫉が多いのです。人間性を失った時代に、人間性の回復を唱えきっていくのは大変なのです。」(6-p244)

 

「権力」による迫害、恐怖政治による全体主義は、中世の時代を経て、虐殺の世紀と言われる20世紀で果たして終焉したでしょうか?

「人間」の尊厳と自由、平等、人間性の回復は、この今の現代の時代においてなされているでしょうか?「仏の精神」は忘れ去られていないでしょうか?

その判断と検証は、賢明な読者諸氏に委ねたいと思います。
私も自分自身、「仏の精神」を忘れず、日々実践し、精進して参りたいと思います。

今回も長くなりましたが、拙文にここまでお付き合いいただき、心の底より御礼申し上げます。

 

画像:旭山動物園の雪豹。豹のようにしなやかに美しく、強くありたいです。著者撮影。

 

出典・参考
(1)NHK海外ドキュメンタリー 「ソ連の歴史4 大粛清」
(2)『プラウダ』「音楽のかわりに荒唐無稽」1936年1月28日社説第一面
(3)全音楽譜出版社 ショスタコーヴィチ歌曲集1
(4)『ショスタコーヴィチの証言』ソロモン・ヴォルコフ著 中公文庫
(5)『日蓮大聖人御書全集 創価学会版』
(6)『法華経の智慧』 聖教新聞社

執筆者プロフィール

三木千八
三木千八
15歳の時、身内が末期がんで苦悶のうちに死んでゆく姿を目の当たりにし、基礎医学研究者になることを決意。
新潟大学理学部早期退学後、奈良先端科学技術大学院大学博士前期課程(細胞生物学専攻)修了。その後北海道大学大学院医学研究科博士課程(癌医学専攻)に進学し、同大学医学部付属癌研究施設、及び遺伝子病制御研究所にて基礎医学研究に従事。その後、臨床医学の道に転向し、博士課程中退、学士編入学を経て旭川医科大学医学部医学科卒業。卒後、北海道の中核市の基幹総合病院で臨床研修を受け、同院精神神経科勤務(緩和ケアチーム所属)、民間単科精神科病院副院長を経て、現在東京23区内で精神科・心療内科診療所を開設し、同院長。精神保健指定医。
バッハ、ベートーヴェン、ブルックナー、ショスタコーヴィチの音楽を好み、尊敬する音楽家はヴィルヘルム・フルトヴェングラーとエフゲーニ・ムラヴィンスキー。
清流や湖水での鱒釣りが心の憩いで、釣りの腕だけなら本業(精神科医)を上回っていると勝手に妄想しています。三男一女の父。東京都在住。