そんな大きなことを考えなくていい。ちょっとずつ、ちょっとずつ。

イタリアでは慈善活動・ボランティアが大変盛んです。

国民の80%以上がカトリック教徒といわれているイタリアにおいて、
教会のミサに欠かさず行ったり祈りを捧げたりするコアな信仰者はどれくらいの割合かは別として、社会活動家ではなくても、およそ慈善活動に関わったことのない国民はいないと思います。

慈善活動は”Carità “「他者への愛」というキリスト教の精神に由来し、「困っている人を支える」文化となって深くイタリアに根付いています。
ちなみにこのcarità (ラテン語ではcaritas)という言葉は、英語のcharity (チャリティー)の語源になっています。

沢山の慈善団体がイタリアから誕生し世界中にネットワークをもち、ありとあらゆる分野で活動しています。

例えば、カリタス(イタリアで最大の慈善団体)が町の至る所に設置している衣類、靴等のリサイクルボックスに投入すると、ボランティアの人が整理修繕して必要なところへ届けられます。
私が出産した病院では何人もの中高年の婦人がボランティアで介護に入られていました。大変お世話になりました。

さて、イタリアではクリスマスは一年の最大の行事ですが、
日本のようにクリスマスパーティーやケーキや恋人と過ごしたり…などはしません。
(別にそれが駄目だとは思いませんよ。)
教会へミサに行った後、家族で昼餐会をして静かに過ごします。

その一番お祝いすべき時に、
ホームレスの人はどう過ごすのかな?
難病で入院している子供達はどんな気分かな?
難民キャンプの人達は?
と思いを馳せることが、神の心に適っていると考えるのです。

もちろん、そんなことお構い無しの人も沢山いるよー、という話は今は横に置いておきます。

そろそろこの季節になると、うちの村ではクリスマスのマーケットが広場や教会で始まります。
おばさん達がちょっとした手芸品やクリスマスの小物を作って販売するのです。それを購入するだけでその売り上げ金がユニセフに寄付できます。

スーパーの前ではボランティアの人達が袋を渡してくれます。帰りに買い物の一部をその袋に入れて渡すと、その食品は恵まれない方達へと用立てられます。

なんの気負いもなく気軽に誰もが参加出来ます。

日本は一見するとイタリアより経済的に豊かで、教育や医療も進んでいるように見えます。
しかし、ホームレスを公園から追い出したり、障がい者(この言葉も違和感あります。他の言葉ないのかな?)施設での大量殺人、シングルマザーと幼子の餓死等、
イタリアではあり得ないことが起こっています。

行政が出来ることには限界があります。
社会の底が抜けようとするとき、そこに命を慈しむ宗教があるのとないのとでは大きな違いがあると思います。

身近に存在する困っている人に目を注げるような感性を保ちたい。
「社会に開かれた」宗教の役割の一つがそこにあると思います。

フランシスコ法王
「神の慈悲を自分自身の生活の中に実験するだけではなく、
自分自身が他者への慈悲の手段とならなければいけない。」
Non basta sperimentare la misericordia di Dio nella propria vita, bisogna anche diventare strumento di misericordia per gli altri.

写真は先日参加したチャリティーバザーの会場となったローマのサクロ・クオーレ教会。
売上げ金の一部は*バンビーノ・ジェス病院に寄付されました。

*世界屈指の小児科専門病院。世界中から難病の子供達が治療に訪れます。ヴァチカン経営ですが、多くの寄付によって成り立っています。

執筆者プロフィール

セラフィーニ まり
セラフィーニ まり
イタリア在住30年。
専門はイタリア中世・ルネサンス美術。
イタリア建築、特に教会建築に興味があり、詳細に観察し写真に撮るのが趣味。
いい加減だけど心優しい人達に囲まれてイタリアの片隅から、世界と日本を眺めています。

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