島原の乱ー三万七千人の民衆の戦いと虐殺(2)

島原の乱ー三万七千人の民衆の戦いと虐殺(1)
のつづき

島原の乱を起こす直前、一揆軍の指導者達は、有明海に浮かぶ「湯島」というところでまだ若年だったキリスト教徒の天草四郎を総大将にして叛乱を起こす計画を立てました。この談合が行われた事から、この島の別名を「談合島」と地元では呼びますが、父は人生殆ど「団子島」と思ってました。確かにおだんごのような島ですが、、、つい数年前65年ぶりに団子ではなく談合だよ、と訂正したらエラクたまげておりました。

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