freak18 – 「鳴かず飛ばず」で行こう!

「鳴かず飛ばず」という慣用句があります。例えば、「芸人のAさんは、10年以上も『鳴かず飛ばず』。売れない芸人でしたが、『B』という番組をきっかけに売れ出し」云々というように、よく使われますね。
でも、もともと「鳴かず飛ばず」は、まったく違う意味だったのです。

Salt17 – 朝礼台から訓示しても

最近、「美辞麗句」の言葉と、背広にネクタイの男たちの「空疎さ」に辟易しています。
釜ヶ崎にも、ほんとに、橋下市長のころから、数人グループ(なぜか、背広の男たちはグループを組むことが多い)が出没し、もとは、日雇い労働者を労働現場に送りだすために、狭い地域に11の鉄道の駅を作ったのですが、それが交通至便だから、「副都心」となるかも、都構想の「合区」の区庁となるかも、という目算で、集まってくる真面目な、うさんくさい人たちです。
真面目で、整理された、いでたちや言葉は、心には届きません。

freak17 – 正像末と末法為正

正法・像法・末法という、いわゆる「三時」というのが、日本仏教ではしばしば語られます。でも、数字がつく仏教概念(法数、ほっすう)は、経典解釈者が、後の時代に便宜的に作ったものであることが多いのです。
大学院で、仏教論理学の文献講読の授業で、担当教授が言った言葉が忘れられません。「法数は、生き生きとした生活の言葉ではなく、『これテストに出るぞ!』という便宜的な言葉です」

Lwp22 – 書評:高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』朝日新聞出版、2015年。絶望するまえに、ぼくたちは、ぼくたちの「民主主義」を自分で作らなきゃならない。

高橋源一郎のオルタナティブを創造せんとする、人びとを繋ぐ「ことば」への復興という試みは、党派性を超えた、人間主義の探求であるのではないか。「ぼくたちは、ぼくたちの『民主主義』を自分で作らなきゃならない」。