FF6 – 「故郷」をつくること 「故郷」を失うこと——飯舘村・浪江町の、もう一つの歴史(その6)

そもそも、農業が困難だった飯舘村の地に、戦後開拓で入ってきた人は、豊かな土地を膨大な労苦によって育てていきました。そして、さまざなアイデアで、村のコミュニティをも、育てていきました。飯舘村は、コミュニティづくりで、全国の最前線に躍り出たのです。連載六回目です。

FF5 – 「故郷」をつくること 「故郷」を失うこと——飯舘村・浪江町の、もう一つの歴史(その5)

今回は、浪江町とどもども、原発から離れていたけれど、「警戒区域」に入り、さらに今も「帰還困難区域」を村内に有する浪江町についての、開拓の歴史をひも解きます。資料を見ていたら、知り合いの仲間の名前があちこちにでてきたりして、胸が痛いです。これだけがんばってきたのに。(連載第五回目)

freak10 – 橋を超えて

京都の北、岩倉には「目なし橋」(差別的な言葉ですが、固有名詞であり、またその歴史をこれから語りたいので、そのままにします)という橋があります。
この橋の北側には、差別を受けた人たちが、また、その身内が、何とか生き抜こうとした歴史的痕跡が刻まれています。

FF4 – 「故郷」をつくること 「故郷」を失うこと——飯舘村・浪江町の、もう一つの歴史(その4)

第四回目です。浪江町、飯舘村などの、原発から離れて町づくり、村づくりを置きなってきた地域の歴史について、その開拓の始まりの苦労を述べてきましたが、今回は、その後の開拓の労苦、そもそも、その地が農耕について、とても困難を伴う場所であったこと、などについて述べます。また、国家によって捨てられた人々=棄民の歴史を考えたいと思います。

Lwp12 – 書評:平田オリザ『下り坂をそろそろと下りる』講談社現代新書、2016年。日本はもはやアジア唯一の先進国ではないということ

日本は、もはや工業立国ではないこと、日本はもう成長社会に戻ることはないということ、日本はもはやアジア唯一の先進国ではないということ。下り坂を下りながら「子育て中のお母さんが、昼間に、子どもを保育所に預けて芝居や映画を観に行っても、後ろ指をさされない社会を作る」しかない。