Lwp18 – 書評:ビル・エモット(伏見威蕃訳)『「西洋」の終わり 世界の繁栄を取り戻すために』日本経済新聞出版社、2017年/ジェイムズ・S・フィシュキン(曽根泰教監修、岩木貴子訳)『人々の声が響き合うとき 熟議空間と民主主義』早川書房、2011年。 普遍的な観念による偽装と、ローカルな構想を普遍的な価値へ高めようとする努力について

「平等」と「開放性」を軸とした「西洋」そのものが没落の危機に瀕している現在、安易な東西批判を乗り越え、人間そのものを大切にする仕組みをいかに立ち上げていけばよいのか。「生の世論」(大衆民主主義)は熟議を経て「洗練された世論」(熟議民主主義)へと転換する。

哲学入門13 – コラム:ソフィストたちによる壟断は決して過去のアテナイの話ではない。【無料】

「万物の根源とは何か」という探求から哲学は始まったが、やがてさまざまな探求をする人間そのものへ焦点が移っていく。そこで登場するのがソクラテスだが、彼を語る前にソフィストたちの動向に目を向けたい。賢いとは、一体何なのだろうか。

freak13 – 安楽行品にまつわる問題/如説修行抄 1/2【無料】

「如説修行抄」には、つぎのようにあります(p.503)。ーー天台云く「法華折伏・破権門理」とまことに故あるかな、然るに摂受たる四安楽の修行を今の時行ずるならば冬種子を下して春菓を求る者にあらずや、鷄の暁に鳴くは用なり宵に鳴くは物怪なりーー『法華経』安楽行品には、四つの安楽な修行によって、安楽な境涯を得ることができるという、とても「安楽」な仏道修行法が説かれています。これは、果たしてどうなのでしょうか?

FF9 – 「故郷」をつくること 「故郷」を失うこと——飯舘村・浪江町の、もう一つの歴史(その9)

連載九回目、最終回です。自分たちで作った村、そして、「日本一美しい村」まで育て上げた村。それがフレコンで有名になってしまいました。
村民のこころは揺れます。帰るべきか、実際はほとんど除染はなされていないので、帰らざるべきか。
そして、私たちは、どのように行動すべきなのでしょうか。

freak12 – 訪れる神楽

東日本大震災で大きな打撃を受けた岩手県沿岸には、とても珍しい「神楽」があります。「廻り神楽」です。普通、神楽は神社に奉納されるもの。でも、この神楽は、家々を回るのです。どういう神楽でしょうか?また、なぜ、回るのでしょうか?

Lwp17 – 「私は天皇の親戚だ」から「看護婦の分際で何をしやがる」でいいのだろうか。

「門閥制度は親の敵でござる」とは福沢諭吉の言葉だが、能力や道理よりも血縁や地縁といった縁故が優先され、個人が圧殺されるどころか、社会が前に進まない。だからこそ、その負荷を否定し、「天は人の上に人を造らず」と宣言し、人間の平等・対等関係に基づく社会を構想したはずなのに、この国ではいまだに「縁故主義」が幅を利かせているのではないだろうか。

Lwp16 – 書評:マーク・ボイル(吉田奈緒子訳)『無銭経済宣言 お金を使わずに生きる方法』紀伊國屋書店、2017年。 他者との相互依存がお金への依存を低減する

通常我々は、他者に依存しない自立した生活を範とするが、それ自体が妄想かも知れない。お金は様々な物質やサービスを数値化し、値札を貼るからお金が必要不可欠になってしまう。しかし数値化を退け、お互いに助け合うことで、お金への依存度を逓減できるのだ。