freak3 – 無仏の時代の私のありかた/諸経と法華経と難易の事 1/2【無料】

『法華経』は、仏が入滅したあとの「無仏の時代」に、自分はどう生きるべきかを、熟慮した人たちが創作したものです。どう生きるべきか――それは仏がなしてきた行いを、自分もなしていくということを、「仏教の本質」と考えて、それを具体的に実践していくことです。

Lwp5 – 感動という熱病の正体

百田尚樹『永遠の0』に「感動」することは果たして「感動」することなのだろうか。人は人間や世界といったものごとの真相に迫ること・それを正しく理解することで感動する。虚偽に感動することは感動とは程遠い「感動という熱病」「感動病」なのではあるまいか。いい話を聞きたい、いい話で泣きたいという「感動」の「消費」は辞めるべきだろう。

哲学入門3 – 第1章 1.1 コラム 哲学は人生訓や自己啓発とは大いに異なる。【無料】

第1章1節に関するコラム。哲学の最も広い意味合いは「原理原則」や「根本原理」の探求であるから、その学びを通してその人の人生哲学を構築することも可能である。しかし、安直でコンビニエンスな人生訓や自己啓発の如き有象無象とは程遠い立場である点には留意すべきであろう。

名著を読む2 – デカルト『方法序説』を読む【無料】

疑うことなく考えることのない世界は楽チンかも知れませんが、それでも「みんながそう思っているのだから、なんでおまえはそう思わないの?」っていうのばかりなってしまうのは少し窮屈ですよね。「確実性」を求めるデカルト的省察(疑い)は、何の手続きをも経ないで「確実性」と「思いこむ」感性よりは、少し彩り豊かな世界を、僕たちのまえに見せてくれる筈です。

Lwp2 – 常々不満を口にする対象である「非常識」は果たして「常識」なのだろうか。【無料】

私たちは、それが不当であると理解しつつも、昔から続いている慣習だから変えてはならないと思うとき、それを「常識」として捉え、その非常識さを考えないようにすることがよくある。しかし、常々不満を口にする対象である「非常識」は果たして「常識」なのだろうか。今一度問うべきであろう。