freak15 – 聖書のことば、経典のことば

宗教的典籍が語られたときと、今とでは時代がかなり変わっています。また、宗教の言葉が生きているものならば、語られた相手によって、言葉も違って使われているでしょう。そこに注意することって、とても大事です。
ちなみに、それを完全に無視することを、「原理主義」といい、たとえば、トランプ大統領の支持基盤の一つ、アメリカのキリスト教原理主義は、『旧約聖書』の「天地創造」を歴史的事実と考え、神は、6日で、太陽も銀河系も、宇宙も、また恐竜の化石(恐竜ではなく、恐竜の化石も大地とともに作ったと考える)も、すべて作ったと、科学を否定します。

freak13 – 安楽行品にまつわる問題/如説修行抄 1/2【無料】

「如説修行抄」には、つぎのようにあります(p.503)。ーー天台云く「法華折伏・破権門理」とまことに故あるかな、然るに摂受たる四安楽の修行を今の時行ずるならば冬種子を下して春菓を求る者にあらずや、鷄の暁に鳴くは用なり宵に鳴くは物怪なりーー『法華経』安楽行品には、四つの安楽な修行によって、安楽な境涯を得ることができるという、とても「安楽」な仏道修行法が説かれています。これは、果たしてどうなのでしょうか?

freak7 – 「不祥」って”かなり”のことば/寂日房御書 2/2【無料】

日蓮大聖人の「寂日房御書」にこういう一節があります。
「法華経の行者といはれぬる事はや不祥なり、まぬかれがたき身なり」とあります。「不祥」という言葉が、当時、どのような響きを持っていたのか、それを知ると、この一節のもつ、切迫感がより迫ってきます。

freak6 – 四人の反乱/寂日房御書 1/2【無料】

日蓮大聖人の「寂日房御書」には、過去の勇気ある人の例として、樊噲・張良・平将門・藤原純友の4人の名前が挙がっています。この模範とすべき、4人とはどんな人であったか、それを考えると、日蓮大聖人の視座、どこから物をみていたか、が、分かります。

freak4 – 第二回 「随自意」って「自己中」?/諸経と法華経と難易の事 2/2【無料】

「随自意」と「随他意」、この言葉自体は、『法華経』原典にはありません。中国に経典が伝わってきたとき、それぞれ違う時代に作られた経典が、釈尊が語ったとされている。中身は矛盾している場合もある、その難問への答えとして、「随自意」「随他意」という区分は考えられました。それを、もう一度、釈尊一人の人生ではなく、釈尊以来の経典制作の歴史という視点で考えると、別の理解ができます。

freak3 – 無仏の時代の私のありかた/諸経と法華経と難易の事 1/2【無料】

『法華経』は、仏が入滅したあとの「無仏の時代」に、自分はどう生きるべきかを、熟慮した人たちが創作したものです。どう生きるべきか――それは仏がなしてきた行いを、自分もなしていくということを、「仏教の本質」と考えて、それを具体的に実践していくことです。