2045 #3 – 原爆ドーム【無料】

セイキにとって路面電車に乗るのは、これが人生で初めての体験であった。左右にクルマが走る車道の中央を進み行き、広島駅へと向かう反対車線側の路面電車と幾つか挨拶を交わすように、車両は先へ先へと進んでゆく。胡町から八丁堀を過ぎた辺りに入ると左右に老舗百貨店がそびえ立つ繁華街となり、車両の構造的にガラス張りの比率が大きい車窓からも、その賑わいが伝わってきた。

「原爆ドーム前、原爆ドーム前」
次に到着する目的地の駅名がアナウンスされると、車両の中で刹那、ピリっと空気が張り詰めたような気がしたが、それが何故だったのかはその時のセイキにはまだ判らなかった。

駅へ降車して信号を渡り、広島平和記念公園に入ると青葉の茂る大樹の向こうに、その被爆遺構は静かにそびえ立っていた。たどり着くと樹の手前には世界遺産であることが証明された碑文が配置されていた。

1992年に日本が世界遺産条約を受諾したことを契機に、広島市議会から「原爆ドームを国の世界遺産候補リストに登録するよう要望する」意見書が採択され、事は始まった。
周辺また関係諸国を刺激したくないことから当初の政府側は消極的な姿勢であったが、全国的に熱を帯びた署名運動が165万人以上の筆記を集めて国会に送られると、1995年6月に国の史跡に指定されたのだ。日本政府はユネスコに世界遺産として推薦する。

こうした紆余曲折を経て1996年12月、ユネスコの第20回世界遺産委員会において原爆ドームは「世界の文化遺産」に登録される。
「人類史上初めて使用された核兵器の惨禍を如実に伝え、時代を超えて核兵器の廃絶と世界の恒久平和の大切さを訴え続ける人類共通の平和記念碑」として評価された瞬間であった。
また、このような戦争惨禍の悲劇を後世に語り継ぐ観点から、ポーランドのアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所や、数多の水爆実験が実施されたマーシャル諸島のビキニ環礁などと共に「負の世界遺産」として意義付けられてゆく事となった。

周辺は連休の観光客で賑わい溢れていた。
原爆ドームを背景に原水爆実験の脅威を訴える研究者や被爆の実像を伝える“当事者”など、様々な窓口を持った観光ガイドがシンボルのもとに集結した感があった。いま振り返って思うに、2015年当時の“戦後70年”という節目の年が追い風となって、そうした主体者たちを鼓舞していた状況が出来上がっていたのかもしれない。

それまでの被爆証言も、従来は当事者が戦争時代に経験した包み隠したい黒歴史的な要素を孕んでいたのであるが、それらが公衆の面前で語られているのを目の当たりにしたセイキは、被爆された先達が歩んだ戦後史を紐解くまで、ある意味で“開かれた問題提議“として勘違いしたまま突っ走る事となる。

その足は次に、原爆資料館へと向かった。

執筆者プロフィール

佐藤誠樹
佐藤誠樹
1980年横浜出身。
大阪芸術大学卒業。
都内で貿易事務の傍ら広島・長崎・沖縄でのフィールドワークに取り組み、核時代100年記の完成を目指して編纂中。近年は西日本豪雨のボランティアとして被災地入りを重ね、その解決策となる”災害対応型道州制(仮)”の可能性について探求を重ねる。
Facebookページサイト
"Hiroshima 8.6.1945-2045"を運営。
日本語:
https://facebook.com/hiroshima8619452045jp
English:
https://facebook.com/hiroshima8619452045usa

他の記事もチェック

  • 2045 #4 – 広島の原爆資料館【無料】2045 #4 – 広島の原爆資料館【無料】 キノコ雲の写真、被爆した市民の姿が再現された蝋人形、原爆の威力を広範囲に示した広島市の立体模型、廃墟と化した広島市内の記録写真。 対比された普通の屋根瓦と被爆瓦は触って確か […]
  • 2045 #1 – 旅立ちの始まり2045 #1 – 旅立ちの始まり ーー横浜、4月。 郷里の仲間内であるひと組の結婚が決まった。それは予告なしのサプライズな発表であり周囲を驚かせた。セイキにとって新郎はひと学年上の先輩であり、新婦は地元子ど […]
  • 2045 #2 – 広島駅2045 #2 – 広島駅 午前9時過ぎ、夜行バスは広島駅前に到着する。終着の広島バスセンターまで乗り次いで行けば、目的地の平和公園は目と鼻の先であったのだが、現地の土地勘を持ち合わせていなかったセイキはこ […]
  • Lwp54 – 丸山眞男の原爆体験Lwp54 – 丸山眞男の原爆体験 政治学者・丸山眞男は広島で原爆に遭遇しましたが、「いちばん足りなかったと思うのは、原爆体験の思想化ですね」と語っています。その意味を考えてみました。 […]
  • freak25 – The Manifesto of the Party of Critter(小動物党宣言)freak25 – The Manifesto of the Party of Critter(小動物党宣言) 前から考えている、これから私たちが目指す社会はどのようなものかについて、「宣言」(もちろん、パロディですよ)みたいなものを考えてみました。 […]
  • Salt21 – Adiós グレン・キャンベルSalt21 – Adiós グレン・キャンベル アメリカのポピュラー・ミュージック・シーンの超大物、また、ギターの名手として、数え切れないほどのアーチストのアルバムに、スタジオ・ミュージシャンとして参加したグレン・キャンベルが […]