2045 #8 – その男は28【無料】

当時、大阪の大学でアートを修学したセイキは卒業後、関西企業のホームページを手掛けるWEBディレクターの仕事に勤しんでいた。”京の着倒れ” “大阪の食い倒れ” “神戸の履き倒れ”という言葉に代表されるように、京阪神の飲食店を中心とした個性豊かな中小企業のサイトデザインに、20代のセンスをぶつけて発揮した。

そんなある日、中型バイクの免許を取得していたセイキは400ccの愛車にまたがり、深夜の国道の赤信号で停車しながらその色が青に変わるのを待っていた。すると、後方から4tトラックが居眠り運転のままノーブレーキで突っ込んできた。夜空を宙に舞ったセイキは5メートル先までバイクの残骸もろとも吹っ飛ばされてしまった。アスファルトに頬を寄せて倒れ混んでいた彼は、そこでやっと何が起きたのかを理解した。

「死んどってもおかしくない事故やった、兄ちゃんよぅ生きとったなぁ」
大阪府警からもそんな御墨付きを貰う始末であったセイキは、まさに働き盛りな年代であったに関わらず、このとき職を離れ、1年間のリハビリ療養を強いられる事となってしまった。更には、交通事故によって支給された保険金を目当てに金を借してほしいと近づいてくる輩の対応に、彼は心身ともに擦り減ってしまう。
それまで大阪の暮らしを心底愛して止まなかったセイキだが、自分の身から起きた事とはいえ、この先この街で暮らすことの難しさを感じ始めていた。断腸の思いであった。
そんなこんなでリハビリ期間の修了が近づいた頃、今度はリーマンショックが発生する。
それまで繁盛してた近所のホルモン焼店が夜逃げし、シャッターが閉じたままになるなど、影響は大阪にも降りかかった。様々な不条理に揉まれながらも人生の再起をかけた彼は、生まれ故郷の横浜に帰ることにした。首都圏ならまだ職にありつけるのではという淡い期待と、そこに人生の再起を賭けた想いを胸に抱きながら……。
こうして彼は離れたくはなかったけれども離れざるを得ない、いちど愛した都から追いやられる立場となった。

季節はちょうど冬場だったので、帰路に向かう途中で新潟の越後湯沢に赴いた。彼はゲレンデの住込みバイトに挑戦したのである。少しでも引越代を稼ぐ足しになればという発想であったが、社員割引でレンタルアイテムも半額で使用できる特典も相まって、バイトシフトの合間に始めたスノーボートにやがて興じる事となる。雲の上を滑走するかの如きパウダースノーの中で、リハビリ期間中に持て余していた体力を大いに発散する好機を得た。
ブーツの底にバインディングで固定した一枚板の上に立ち、進みたい方角に重心を傾ければその方向へと進んで行ける。そのシンプルな舵取りは「まるで人生だな」と思わせた。

こうして彼は雪山を通じて自然と対話する術を身につけた。コースの途中で休憩をはさみ雪山の景色を楽しむ。それまで抱え続けた苦悩は白銀の景色にすべて洗い流されるようであった。銀世界と温泉街の景色を横断する細い国道が目に入ると、この土地に長らく伝わる行商の歴史を垣間見る。この道を伝って日本海に浮かぶ佐渡島を目指したであろう先人に、想いを馳せたりもした。

時として人は、自身の願う意志とは異なる正反対の方向に吹っ飛ばされる事態に直面する。若しそうした一人ひとりの人間にも生まれ持った使命があるとするならば、そのたしかな道へと本人を進ませるために天が下した荒っぽい軌道修正なのではないかとセイキは後年考えるようになった。その理不尽な嵐をくぐり抜けるのも、たしかな道に至る為の通過儀礼なのではないかと。だからこそ、死んではならない。その道に至る為には、絶対に死んではならないのである。

「男は28歳で決まる」と、かつて先達が言い残した言葉がある。
しかし、彼にとってその歳は挫折に次ぐ挫折の連続であった。やがて帰郷後、その歳最後の1日ですら時の政治が大きく激変したりもした。しかし、この時の明日をもしれない試練の日々こそ、後にセイキが自身で道を切り拓く上で必要となるタフネスな忍耐力や持久力、そして人一倍の飽くなき執念と好奇心を築き上げる糧となったのである。そうした意味では後年振り返ると、これら栄光から遠く懸け離れた人生鍛錬の日々があったればこそ、28歳でこの時既に決まっていたとも言える。絶えず暗がりの道を這って行った先に、思いがけない絶景に巡り逢うこともあるのであった。

執筆者プロフィール

佐藤誠樹
佐藤誠樹
1980年横浜出身。
大阪芸術大学卒業。
都内で貿易事務の傍ら広島・長崎・沖縄でのフィールドワークに取り組み、核時代100年記の完成を目指して編纂中。近年は西日本豪雨のボランティアとして被災地入りを重ね、その解決策となる”災害対応型道州制(仮)”の可能性について探求を重ねる。
Facebookページサイト
"Hiroshima 8.6.1945-2045"を運営。
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