ヘイトからテロの段階に入った日本社会

3月8日、BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送人権委員会で、TOKYO MXが昨年1月2日に放送した「ニュース女子」が、私への人権侵害(名誉毀損)であることが明確に認められた。

人種差別にも触れたこの決定を聞いて、おそらく曖昧な文言しか出てこないだろうと思っていた私は、その場で泣いてしまった。

ここまで、本当に苦しかった。

BPOの決定後、いろいろ取材は来ているが、今のところすべて断っている。まだ自分自身の感情を整理できていないからだ。なぜ自分はこんなに哀しくて、こんなに凹んでいるのか、納得できる答えが見つからない。

問題の「ニュース女子」を見たときの衝撃はすごかった。この番組では、私が過激で犯罪行為を繰り返す基地反対運動の黒幕であり、日当を払って参加者を動員していると名指しされた。そして、私の活動は職業的な「スキマ産業」だと言い放った。

すべてがウソで塗り固められた番組だった。

制作したDHCテレビは、今でも番組を垂れ流し続けている。司会者で東京新聞論説委員の長谷川幸洋は、基地反対派にカネが出ているのは500%本当だとも言っていた。デマの訂正は今もない。論説主幹の深田氏が紙面で「深く反省」と書いたのは何だったのかと思う。結局、被害者を救済するという思想はなかったのだ。

この間のTOKYO MXの対応は、ハラスメントとしか言いようがなかった。彼らが出してくる「反論」はネトウヨの記事ばかり。もちろん一度の謝罪もなければ訂正放送もない。「ニュース女子」の放映は打ち切られたが、これはスポンサーであるDHC側がTOKYO MXを見限ったのであって、TOKYO MXが放送事業者として自らを正したのではない。

最大のスポンサーに逃げられたTOKYO MXは、「勧告を真摯に受け止める」と、お決まりの言葉を繰り返している。

彼らの言葉には、いつも魂がない。

そして、放送以降、私の日常生活は崩壊した。メディアで「国家の敵」と名指しされた私は、同調する人たちの攻撃対象となったのだ。

私が、極右からの攻撃が身近にまで迫っていると感じたのは、周辺住民からの直接的な嫌がらせが増えたからだ。一つの壁を超えたのだと感じた。

ネットの外まで飛び出したデマは、講演会や仕事場での様々な嫌がらせに姿を変えた。クライアントを支えながらの仕事はきつかった。流されているデマを一つひとつ消すのは物理的に不可能だ。不愉快なメール、送りつけられる注文もしてない荷物、脅迫状、殺害予告。不審者を警察に届けても、具体的な被害が出ていないのでどうするこもできないと言われる。私の生活は、日本社会の悪意を投げ込むゴミ箱のような状態になった。

裁判を起こそうにも、共に闘ってくれる在日の弁護士を探すだけで困難を極めた。それどころか、「辛淑玉が騒ぐからオレたちがやられる」という言葉まで出てくる。国会議員に殺害予告が出ればすぐ警備が付くが、私にそれはない。自分の身は自分で守らなければならない。この空気感は、マジョリティとは共有できないマイノリティの嗅覚といえるかもしれない。

昨年の5月23日、65歳の男が「イオ信組」に放火する事件が起きた。彼は日韓で対立する「慰安婦」問題への怒りからやったのだが、イオ信組は総連系の組合であって韓国系ではない。つまり、この国では韓国も北朝鮮も区別されない。まして在日についての知識など皆無なのだ。

彼らからすれば、この社会で意思を持って発言する朝鮮人の女など、ゴキブリ以下の存在なのだろう。

そして、私がドイツに発った後で起きたのが、朝鮮総連への銃撃事件だ。犯人は、ヘイトの現場で私たちが絶えず対峙してきた極右の親玉、桂田智司(56)だ。彼の娘は、中学生のときに大阪の鶴橋で「鶴橋大虐殺」をやると叫んだことで有名だ。すでにヘイトからテロの段階に入ったのだ。

私が記者会見のために一時帰国をしたのは、この問題をメディアが報道してくれる最後のチャンスだと思ったからだ。北朝鮮による日本人拉致が明らかになって起きた朝鮮人へのヘイトクライムは、ほとんど問題にもされなかった。朝鮮人の命は今も軽いのだ。

BPOの発表を受けての記者会見のとき、ある在日の友人が「ごめんなさい。もう民族名では仕事ができないから日本名を使っているの」と泣いていた。既に無言のエクソダスが始まっている。知らないのは安閑としていられるマジョリティだけだ。

たとえどのような状況になっても、私たちは生きなければならない。私がいまヨーロッパに身を寄せているのはそのためでもある。

今回のBPOの決定は、日本のメディアと社会に投げかけられた、最後のチャンスなのだと思う。言論とメディアを取り戻せ、良心を取り戻せという。

 

(マスコミ市民’18年4月号より転載)

 

画像:東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)の伊達寛社長が謝罪(2018/07/20)

執筆者プロフィール

辛淑玉
辛淑玉
1959年東京生まれ。在日三世。
人材育成技術研究所所長。
企業内研修、インストラクターの養成 などを行うかたわら、テレビ出演、執筆、 講演も多数こなす。
2003年に第15回多 田謡子反権力人権賞受賞。2013年エイボン女性賞受賞。
著書に、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(ともに岩波新書)、『差別と日本人』(角 川テーマ21)、『せっちゃんのごちそう』(NHK出版)など多数。

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