2045 #4 – 広島の原爆資料館【無料】

キノコ雲の写真、被爆した市民の姿が再現された蝋人形、原爆の威力を広範囲に示した広島市の立体模型、廃墟と化した広島市内の記録写真。

対比された普通の屋根瓦と被爆瓦は触って確かめることができた。

高熱で溶けてしまったガラスの瓶、三輪車などの被爆した日用品の数々……。被爆した少年が着ていたボロボロの衣服、そして女の子が身にまとっていて防災巾やもんぺの衣装は、その当時、たしかに生きていた事を示していた。

原子爆弾リトルボーイの仕組みを解説した断面図。そこに示された専門的な元素記号や化学式の意味についてセイキにはよく解らなかった。

原爆の爆風で曲がってしまった強固な鉄筋、爆発の瞬間に人影が焼き付いて残った石畳、全身大火傷した被災者たちの写真、キノコ雲から降り注いだ黒い雨が染み付いた壁、黒い雨が体内に入り込み毛髪が抜け落ちた頭皮の写真、ケロイドの写真、人体にもたらされた数々の被爆症状の紹介。

そのひとつひとつの事物が指し示す真実に、セイキは呼吸をするのも忘れて釘付けとなっていた。

館内ルートに沿って鑑賞を続けて行く中で、それまでの人生において培われてきた既成概念が崩落してゆくようだった。

ある写真の前で足が止まった。

それは生き残った市民の姿を記録した1枚である。原爆症によって指先から生えてきてしまった「黒い爪」が、人差し指から更に指一本ほどの長さまで伸びた様子を写したものであった。その横には、指先から生えて剥がれ落ちた8cmほどの長さはある実物の黒い爪が、供えられたように展示されていた。そのまさに悪魔の爪にも見えるものがひとの身体から生えてきたという現象に、セイキは唯々驚き、因縁の深さを感じ取っていた。

核兵器を必要悪として肯定する考え方が冷戦以降の国家権力には存在する。しかし、必要悪の肯定という発想そのものが見難き権力の魔性であるならば、人命や環境の犠牲をも厭わない呪縛そのものが、あろうことか被爆し傷ついた人々の身体に深く刻み込まれ、現世に投影されてしまっていたのである。

「こんなの人の死に方じゃない」

…胸底から湧き出る叫びが脳裏をよぎるも、70余年前に実際起きた数多の地獄絵図を前に、セイキは唯々打ちひしがれるのみであった。それでも尚、突き付けられた歴史と対峙すべく、食らいつくかのように、出口間際でもう一度見直そうと入口方向へ戻るのであった。

その刹那、再度目に止まった被爆後の荒廃した広島市内の写真に不可思議な感覚を見出すのであった。それは確かに70年前の記録写真であったが、それにも関わらずセイキには何故だか”これから将来起こりうる出来事”というディストピアに映ってしまったのである。

執筆者プロフィール

佐藤誠樹
佐藤誠樹
1980年横浜出身。
大阪芸術大学卒業。
都内で貿易事務の傍ら広島・長崎・沖縄でのフィールドワークに取り組み、核時代100年記の完成を目指して編纂中。近年は西日本豪雨のボランティアとして被災地入りを重ね、その解決策となる”災害対応型道州制(仮)”の可能性について探求を重ねる。
Facebookページサイト
"Hiroshima 8.6.1945-2045"を運営。
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