Lwp85 – 書評:奥平康弘・木村草太『未完の憲法』潮出版社。【無料】

本書は、気鋭の憲法学者が碩学と憲法をめぐる過去・現在・未来を自由闊達に論じた一冊である。テーマは「立憲主義」とは何か、改憲論議をどう見るか、現代の憲法をめぐる状況と課題、日本国憲法の可能性と日本の進路等など幅広いが、気分や利益誘導じみた喧騒を掻き消し、正気にさせるクリアカットな対談集となっている。

昨今、立憲主義をないがしろにする議論がまかり通るが、それは、なぜだろうか。
敗戦日本のライトモチーフは「国体の護持」である。要は天皇制をどのように温存させるかというのが為政者の最大のテーマである。結果、新憲法は主権在民の形はとるものの、国体護持を打ち出す立憲活動ゆえ「憲法制定権力は国民の側」の認識が曖昧になってしまったのである。

立憲主義を「学生時代の憲法講義では聞いたことがありません」とは改憲派の自民党議員・礒崎陽輔氏の言葉である。日本国憲法制定の過程で、戦後日本は、立憲主義を語らずに立憲主義を実行した(=宮澤俊義)ゆえに、彼らの世代の憲法教育では、立憲主義が語られずにすまされたとの指摘は、歴史的経緯をたどる意味で興味深い。

民主主義と立憲主義を対立的に捉えるフシが世評だけでなくアカデミズムにも存在する。しかし、民主主義にせよ立憲主義にせよ、硬直的なものではない。「憲法はつねに未完でありつづけるが、だからこそ、世代を超えていきいきとした社会を作るために、憲法は必要」とは奥平の言葉であるが、不断に鍛え上げていくところに、すなわち「未完」の完成を永遠に目指していく努力のなかに、民主主義も立憲主義もその真価(深化)がある。

評者は碩学の柔軟かつアクティブなデモクラット論に度肝を抜かれた思いである。

改憲論議をどう考えればよいのであろうか。本書は、天皇制への愛着の原因、現在の憲法改正の真意、96条改正等々、憲法をめぐる「現在」を素材に検討する。浮かび上がるのは、日本社会の成熟という側面である。たしかに、憲法を七〇年近く守ってやってきた日本の民主主義は、例えばワイマール憲法の暗転を参照すれば、成熟といってもよいであろう。気分の改憲よりも、言葉の意味としての「保守」として憲法改正への忌諱が強いのもその証左である。

実験的要素も強いが、いまだに先端と言われる「日本国憲法の可能性と日本の進路」は一体どこにあるのであろうか。

木村は憲法には3つの顔があり、「法技術的文書としての性質」、諸外国に向けた「外交宣言」、日本人が共有する「歴史物語の一端としての性質」を指摘する。3つの側面がある中で、未来のために憲法をどう生かすが現在の課題であろう。

「立憲主義的な価値観、言いかえれば多様な価値、多様な人々の個性を共存するための枠組みを提供している法典」が最も重要になってくるのではないか=木村。

立憲主義の本旨は曖昧にされたが、憲法が持っている普遍的価値は話が別ではないか=奥平。

では、日本国民は憲法とどう向き合っていくべきなのだろうか。

「改憲の動きに対しては同じ土俵に乗るというより、がまん強く向き合う、と。そしてそのうえで、『未完の体系』としての日本国憲法を、未来に向けて少しづつポジティヴな方向に進めていく」ことが肝要というほかない。

「日本の憲法は、『全く異なる個性を持つ国民の共存』や『国際平和』といったとても難しい課題を設定する憲法です。その実現は、世代を超えて受け継がれるべき試み」である。常に未完であり続ける憲法に、どう向き合っていくべきなのだろうか。本書は、憲法をめぐる議論を根本的に考え直すきっかけを与えてくれる一冊である。

執筆者プロフィール

氏家法雄
氏家法雄アカデミズム底辺で生きるヘタレ神学研究者
氏家法雄 アカデミズム底辺で生きるヘタレ神学研究者。1972年香川県生まれ。慶應義塾大学文学部文学科(ドイツ文学)卒。立教大学大学院文学研究科組織神学専攻後期博士課程単位取得満期退学。鈴木範久に師事。キリスト教学、近代日本キリスト教思想史、宗教間対話基礎論を専攻。元(財)東洋哲学研究所委嘱研究員。千葉敬愛短期大学(倫理学)、創価女子短期大学(哲学)、創価大学通信教育部にて元非常勤講師。論文には「姉崎正治の宗教学とその変貌」、「吉野作造の『神の国』観」、「吉満義彦の人間主義論」など。ええと「うじいえ」ではなく「うじけ」です。

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