Lwp88 – 書評:片岡佳美『子どもが教えてくれた世界 家族社会学者と息子と猫と』世界思想社、2018年。【無料】

当たり前のように遂行され、その意味を考え直してみることが憚れる領域というものが私たちの日常生活のなかにはたくさん存在します。その一つの領域が「子育て」ではないでしょうか。著者である片岡佳美さんは、「家族の実践」研究の第一人者であり、一児の母です。本書は片岡さんが子育てするなかでの驚きや発見を丁寧にすくい上げ、それを言葉へと磨り上げいった軌跡になります。「家族者科学者と息子と猫と」(副題)一緒に考え、悩み、そして、そこで見出されたことがらは、子育て中の親子だけでなく、日常生活の「重力」を「しんどい」と考えている全ての人に吟味してもらいたい内容です。

例えば、「早寝、早起き、朝ごはん」運動というものがあります。これは、文科省が2006年に開始した事業で「規則正しい睡眠と朝食の摂取が子どもの成長や学力向上にとって重要であることが強調されています」。大人も一緒になって「無理せず、できることから挑戦してみましょう」と文科省は呼びかけています。その呼びかけのことがらについて全否定しようとは思いませんが、「遅寝遅起き朝ごパンです…」と恥ずかしい気持ちで答えてしまうのは片岡さんだけではないでしょう。

この理想的フレーズと運動の背景には一体何が隠されているのでしょうか?

それは「子どもの生活習慣の問題は家庭ないし親が本気になれば解決するという考え方」だと片岡さんは指摘します。改正教育基本法で家庭教育の責任が強調されることと同じ方向性ですが、私たちのライフスタイルを振り返ってみれば、仕事、学校、習い事、部活のそれぞれが要求するタスクに応じる限り「がんばっても、できない」のが事実ではないでしょうか。

「(早寝早起き~)がきちんとできている人ほど自己肯定的だとかテストの点数が高いとかいうのも、見せかけの相関関係で、階層などの社会経済的な要素を考えれば、むしろそちらのほうが決定的である可能性が考えられるのです。それなのに、本人や家庭の努力ばかりが求められる」のが私たちの暮らす日本社会のデフォルトではないでしょうか。

そう。つまり、学校や大人たちの仕事というメインの領域が要求する生活リズムに全ての人々が一律の矯正されていくのが日本社会のデフォルトということになります。

一事が万事という言葉があります。

「普通の家族」や「家庭の味」といった言葉が育児にはつきまといます。多くの母子(父子)家庭は経済的困苦だけでなく、「普通の家族」というプレッシャーに苦しんでいますが、それは彼・彼女らの努力だけで解決するのでしょうか?

「家庭の味」の本質とは、「思い出としての味」ですが、家庭によってはそれは外食であったり、冷凍食品であったりするかも知れません。すべてが「同じ」であることが強要され、少しでも違和感を感じたとたん、この社会は、その当事者を異分子として弾き飛ばしていまいます。

それを象徴するのが、学校で奨励される「みんな仲良く一つになって」という道徳です。それ自体、悪いことではないでしょうが、同調圧力として機能することがほとんどです。必要なことは、同じであることに耐える忍耐力ではなく、異なる存在を認める忍耐力ではないでしょうか。

本書の帯には、社会活動家の湯浅誠さんが次のような言葉を寄せています。

「必要なのは、空気を読みつづける忍耐力より、他者との違いを受け入れる忍耐力。風通しのいい社会を作るヒントがここにある!」

その「ここ」とはどこでしょうか。それは本書全編です。

本書が取り上げるのは家族生活、学校生活、地域生活の3つの領域です。日常のふとした疑問を改めて考えてみると、現代社会の抱える見えにくい問題点が見えてきます。

日本社会を覆い尽くすのは、M・フーコーのいう生-権力という網の目のように張り巡らされた規範意識ではないでしょうか。それは「かくあらねばならない」という形をとって現れますが、そこから少し自由になることで、私だけでなくあなたにとっても少しだけ「風通しのよい社会」になるではないかと書評子は本書を読み通すなかで深く頷くものでした。

なお、最後に蛇足ながらひとつ。

書評子である私ごとで恐縮ですが、数多くの文献を読み、私自身、刊行に向けた著作の執筆を並行しているのですが、書評子として本書との出会いは衝撃でもありました。

その衝撃とは何かと言えば、それは、「こういう本を書いてみたい」というものです。

やられましたね。

 

 見えてきたのは、私たち大人のつくる世界の狭さ、余裕のなさでした。大人たちは、自分たちがつくった意味の枠組みにがんじがらめになっています。家族はこう、子どもはこう、社会はこう、と囚われ、ありのまま、いろいろなままでは納得できなくなっています。その結果、監視やコントロールをせずにはいられません。でも、子どもたちはそんな社会の中でもがんばって生きて、育っていくのです。私はそこに、子どもたちの「この世界を、みんなで一緒に生きていきたい」という叫びを聞いたように感じ、ハッとなりました。私たちは、一緒にここでいきていかなくてはいけないのです。あらためて、そんなことを教えてもらったような気がします。
(出典)片岡佳美『子どもが教えてくれた世界 家族社会学者と息子と猫と』世界思想社、2018年、141頁。

執筆者プロフィール

氏家法雄
氏家法雄アカデミズム底辺で生きるヘタレ神学研究者
氏家法雄 アカデミズム底辺で生きるヘタレ神学研究者。1972年香川県生まれ。慶應義塾大学文学部文学科(ドイツ文学)卒。立教大学大学院文学研究科組織神学専攻後期博士課程単位取得満期退学。鈴木範久に師事。キリスト教学、近代日本キリスト教思想史、宗教間対話基礎論を専攻。元(財)東洋哲学研究所委嘱研究員。千葉敬愛短期大学(倫理学)、創価女子短期大学(哲学)、創価大学通信教育部にて元非常勤講師。論文には「姉崎正治の宗教学とその変貌」、「吉野作造の『神の国』観」、「吉満義彦の人間主義論」など。ええと「うじいえ」ではなく「うじけ」です。

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