2045 #10 – チャンネル8.6【無料】

広島の朝。バスセンターに到着した夜行バスから降車するセイキの姿があった。その足は直ぐさま、緑が生茂る季節を迎えた平和公園の中に建つ原爆資料館へと向けられた。

カウンターで入場券を購入する。翌年から大人200円(子ども100円)という価格に値上げされるが、このとき2015年当時は1972年から続いてきた50円(子ども30円)という料金でチケットが購入できていた。100円玉を出して釣り銭が出てくる感覚にセイキは改めて驚かされる。原爆資料館はこうした経営収益とは別に発生した赤字分は、これまで広島市からの予算で補填されてきた。時代の推移による物価変動もあった中で、低単価を維持して館内入場のハードルを下げることにより多くの来館者に展示鑑賞してもらえることを目指した、平和学習への投資に近い広島市の経営努力がそこから垣間見えた。

暗がりの館内に展示される変形した被爆物や遺留品の数々と、1ヶ月のスパンを挟んで再び対峙するセイキ。あのとき自分が見たものが一体何だったのかを確かめるように、そして初めて見たときに直感したディストピア ーーこれから先の未来に起こりえる荒野ー ーを確認するために。いっときの杞憂で済まされれば良かったのであったが、残念ながらそれを拭い去るには至らないものを改めて再確認するに至った。その根源に潜むものは何だったのか、この時はまだ判らずにいた。

半ば呆然とした姿でセイキは本館を後にした。公園の中に点在する様々な平和を願うモニュメントを通り過ぎ、到着時に目の当たりにした原爆ドームといまは元安川を挟んで対峙していた。

ベンチに座り、胸中から湧き出ずる様々な想いに身を委ねてみた。そもそも二十歳から大阪に暮らしてたのに、なぜ西域へ足を伸ばして広島まで来てみようという気に、これまでなれなかったのか。自分が生まれ育った国に、こんなにも悲惨な出来事があったにも関わらず。戦後70年の節目に35歳を迎える年に訪ねることが出来のは良かったが、そうした自分が恥ずかしくも思えた。

そしてこの頃は、無作為な突貫工事のようなスピードで国のかたちや有りようが、意図的かつ急激につくり変えられようとされ始めていた。過去の教訓が充分活かされないまま、軍靴の音が静かに聞こえ始めようとしていた。

「今はまだ、みんな忘れちまってるだけなんや。時ときっかけが巡り来れば、きっとまた思い出してくれるに違いない。
…問題は、その気付きを促すツールやチャンネルが日常から手放され、不足してしまっていること。場合によっては、人為的に時の彼方へ葬り去られようともしている」

河岸の向こうにそびえ立つ原爆ドームのてっぺんには何故かクレーンが見えていた。その奥側に新たな観光名所として建設中であった「おりづるタワー」の現場で稼働する重機であった。不思議にも、原爆ドームが新たに再構築されてつくり上げられているように映った。

…無いのなら、この手でつくってみよう。ヒロシマの歴史を学び共有しあえる未来のためのチャンネルを。芸大出身者の創造力に火種が灯された瞬間であった。

執筆者プロフィール

佐藤誠樹
佐藤誠樹
1980年横浜出身。
大阪芸術大学卒業。
都内で貿易事務の傍ら広島・長崎・沖縄でのフィールドワークに取り組み、核時代100年記の完成を目指して編纂中。近年は西日本豪雨のボランティアとして被災地入りを重ね、その解決策となる”災害対応型道州制(仮)”の可能性について探求を重ねる。
Facebookページサイト
"Hiroshima 8.6.1945-2045"を運営。
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