こみ上げる希望と不安

ドイツ時間で夜中の二時から、韓国KBSの生中継を見ていた。

文在寅大統領と金正恩委員長が手を取り合って軍事境界線をワッタガッタ(朝鮮語「行ったり来たり」)する姿を見て、こみ上げる感情と、試練はこれからなのだという思いに、胸がつまった。

文在寅は、私が見てきた韓国の歴代リーダーの中で、初めて、この人に投票してみようと思った人だ。

南北の分断は、米ソの冷戦が続いている間は、小国にはどうにもできない運命だと考えてなんとか心の整理をしてきたが、ソ連崩壊後は、南北それぞれの利権とエゴに振り回される朝鮮半島の政治状況に嫌悪感がつのっていた。一族への利益誘導という政治文化は骨の髄まで染み込んでいて、生きている限り、その下で暮らす人々は搾取され続けるんだろうなぁと思っていた。

父に「『ふるさとの春』(朝鮮の童謡)を聞くと胸が熱くなる」と言って、笑われたことがある。「お前はそこで生きて暮らしたことがないから夢を追えるんだ」と。そして「日本の植民地支配が悪いと言うのは簡単だが、朝鮮の政治がどれほど酷かったかを見なければ」と言われた。当時の私は、父は偏屈だと思った。
しかし、ドイツでアジアの歴史を紐解いていくと、本当に朝鮮半島は指導者に恵まれていなかった。特に儒教思想は最悪だったと、今なら断言できる。

今回の南北会談の前まで、私はNGOや市民団体、研究者たちと、第二次朝鮮戦争が起きたらどれほどの難民が出るのか、その支援はどうすればいいかというシミュレーションを繰り返していた。

一方、ドイツ政府やヨーロッパ各国のリーダーたちは、水面下で北朝鮮と外交交渉を繰り返していた。「圧力」「圧力」と口にする外交音痴のことなど歯牙にもかけず、みな戦争を回避するために動いていたのだ。

一番の問題は米国だった。北朝鮮の主張は政権維持で一貫していて、むしろ予想のつかないトランプの行動に危機感をつのらせていたと言っていいだろう。

ドイツでのその日のニュースには、アルメニアの人たちによる抗議行動、ガザでの抗議行動、シリア情勢、トランプとメルケルの核問題についての会談、そして南北会談が並んだ。ヨーロッパから見える世界では、これらは全てつながっている。どれも、帝国支配の遺産なのだ。

強国に頼らない政治を、いかに自らの手で作り出すか。その第一歩が、文在寅が差し出した「民族自決」という駒なのではないか。彼の、「戦争を許さない」という固い決意と国際社会との連携が、朝鮮半島の人々の命を危機から救い出したように見えた。

同時に、なんとも言えない不安がこみ上げてきた。そう、米国は、いかなるときでも決して自らの利益を手放さないからだ。

米国は、降伏直前の日本にあわてて原爆を落とした。議会で不要な核開発に散財した責任を問われたくなかったからだ。そのクセは戦後も治らず、不要になった劣化ウランをイラクに捨てたように、日本が米国のゴミ捨て場の最前線にされるのではないかと思えてならない。

以前、米国に滞在していたとき、米国人の日本研究者が「日本は、アメリカに酷いことをされればされるほどアメリカを尊敬する国だ」と語ってくれた。その露骨な表現に震えた記憶がある。

思えば、日清日露と、日本はアジアに対して米英の番犬として君臨した。清国からの賠償金で軍事力を増強し、朝鮮を収奪し、そして帝国妄想に酔う殺人鬼と化した。その帰結としての敗戦後も、また米国の犬になることで命乞いをし、朝鮮戦争とベトナム戦争で、かつてと同じように儲けさせてもらった。日本という国の近代は、アジアの人々の血をすすって栄えてきたのだ。

しかし、今回の南北会談は、もはや隣国の危機を煽って利益を得る手法が使えなくなったことを意味する。残ったのは「犬」としての生活だけだ。安倍政権の政治を見ていると、これからは国内植民地をより強化するのだろうと思えてならない。

不要な武器を高値で買い、不要な原発も高値で買い、あるだけの金を株式市場に流し込む。しかもその原資は年金基金や郵便貯金である。さらには生命線である水道の「民営化」と称する払い下げなど、献上項目は挙げればキリがない。

一国のリーダーが一族の利益を守るためだけに行う政治の下では、「国民」は消耗品でしかない。だから日報を隠蔽し、公文書を偽造し、自衛隊員を戦闘地域に送り込む。

朝鮮半島が脱軍事化に進めば進むほど、余った武器は日本に買わせるだろうと感じるのは私だけだろうか。新たな敵は宗主国アメリカが決めてくれる。中国敵視を煽って武力を整えたら、次は実行だ。しかし戦場は中国でも韓国・北朝鮮でもなく、遥かに遠い中東やアフリカになるはずだ。そこで死ぬのは日本の若者である。

今からでも遅くない。日本は、アジアの中で生きる決断をするべきだ。そこにしか生き残る道はないのではないか?

こみ上げる希望と不安

 

(マスコミ市民’18年6月号より転載)

執筆者プロフィール

辛淑玉
辛淑玉
1959年東京生まれ。在日三世。
人材育成技術研究所所長。
企業内研修、インストラクターの養成 などを行うかたわら、テレビ出演、執筆、 講演も多数こなす。
2003年に第15回多 田謡子反権力人権賞受賞。2013年エイボン女性賞受賞。
著書に、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(ともに岩波新書)、『差別と日本人』(角 川テーマ21)、『せっちゃんのごちそう』(NHK出版)など多数。

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