色気はないけれど

上品な大人になりたかったのに、この歳になっても変えられない習性がある。

そう、ビュッフェで腹八分目で収めて、ああ美味しかったとお勘定できたことがないのだ。

「タダ」とか「食べ放題」とか聞くと、なぜか、明後日の分までも食べなくては、というくらいの勢いで話もせずに食べ続け、普段食べられないものや、好きな食材でなくても市場価格が高騰しているものがあれば、必ず口の中に入れてしまう。

で、店を出たあとは、吐き気はすごいし、お腹はポッコリ。数日は、食べものを見るのも嫌になる。必ず後悔するのに、だのに、同じことを繰り返しながら数十年が経ってしまった。

ビュッフェで、お皿に少しだけ料理を乗せて、美味しいと思う分だけ食べて、ワイン片手におしゃべりしながら食事を楽しんでいる人を見るたびに、カッコいいなぁ、羨ましいなぁ、健康にだっていいし、と思っているのにだ。

そういえば、マスコミ市民の故我孫子さんに出会ったのも、確か、ビュッフェ形式のパーティ会場だった。もう、いつのことだったか忘れたが、我孫子さんが「マスコミ市民で原稿を書かないか」と声をかけてくれたのだ。

当時は、「マスコミ市民」なんて、書いている人のレベルが高すぎて、すげーと思って見ていただけに、到底無理!と、ビビりながら即決でお断りをした。もちろん、目は料理に向かい、皿も箸も持ったままだ。

その時、「読者には息抜きも必要ですから」と笑顔でサラッと言われて、目の前の料理に気を取られながら、ああ、それなら私にもできるかも、と引き受けたのがコトの始まりだったと記憶している。

私にすれば、無責任な記事でOK、と保険をもらったようなものだった。あれから何年になっただろうか。

思えば、マスコミ市民には、長い間、弾除けになってもらった。私にとって、これほど愚痴も、弱音も、怒りも吐き出せる雑誌は他にないからだ。男性読者が、読むたびに苦虫を噛み潰していたであろうことは十分に想像できるが、まぁ、許せ。

マスコミ市民からは、一度として、これを書くな、とか、内容のご相談とかはなかった。しかし、放置状態かといえばそうでもなく、紙面を提供してくれと言うと、ページを分けてもらったりもした。まとめきれずに長い文章になっても載せてくれた。ありがたい。

マスコミ市民は、もう創刊から半世紀(50年)を迎えた。こつこつと変わらぬ情熱で、景気のいいときも、民主党政権時代も、そして、泥沼の極右政権の今も、変わらず反権力の要として立ち続けている。

威張りもせず、媚びることもせず、色気を出してお洒落をするわけでもなく、ただ淡々と権力の監視を続けてきたこの小冊子に、今更ながら愛おしさを感じてしまう。

マスコミ市民は、真面目なのか不器用なのか分からないが、気がつけばいつもそばにいた。そう、漫画『ベルサイユのばら』のアンドレのような存在。多くの読者も、私と同じような気持ちなのではないだろうか。

いつだったか、友人が「マスコミ市民は読者がいいんだよ」と言っていた。良質な読者と繋がれることが、どれほど発言者にとって力になることか。

半世紀も変わらない雑誌があるんだから、半世紀ぐらい変わらない習性があってもいいのかもしれないと、ビュッフェで食い過ぎる自分も、なんだか愛おしくなってきた。

経営が苦しい弱小メディアを買収してフェイクニュースを流すというのが、ここ数年の流れである。この間までまともだった雑誌や新聞が、次々にヘイト化して現政権を支えている。

その上、デマを流した事実を認定されながら、裁判では名誉毀損が認められず、賠償なしとなった自称ジャーナリスト櫻井よしこの例もある。デマを流した者が勝つという流れは、社会を腐らせるだけではなく、人類が血を流して勝ち取ってきた人間の尊厳と歴史の価値を踏みにじる行為なのだ。

そんな歴史修正主義先進国日本の中にあって、50年も変わらず権力の監視を使命としてきたこの雑誌は、まさに日本の良心そのものだろう。

変わってはならないものがここにある。

 

(マスコミ市民’19年1月号より転載)

執筆者プロフィール

辛淑玉
辛淑玉
1959年東京生まれ。在日三世。
人材育成技術研究所所長。
企業内研修、インストラクターの養成 などを行うかたわら、テレビ出演、執筆、 講演も多数こなす。
2003年に第15回多 田謡子反権力人権賞受賞。2013年エイボン女性賞受賞。
著書に、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(ともに岩波新書)、『差別と日本人』(角 川テーマ21)、『せっちゃんのごちそう』(NHK出版)など多数。

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