Lwp39 – 宗教百話(4) 田中正造と聖書
近代日本の人権思想史上で金字塔を打ちたてたのは、田中正造翁ですが、その実践の背景には「聖書」の思想が深く刻まれています。正造はキリスト教に入信しませんでしたが、その意味を考えてみました。
大事な何かをその手に取り戻す実験場。政治、宗教、生活、歴史、経済など各界の論客たちが思い思いの言葉を綴ります。
近代日本の人権思想史上で金字塔を打ちたてたのは、田中正造翁ですが、その実践の背景には「聖書」の思想が深く刻まれています。正造はキリスト教に入信しませんでしたが、その意味を考えてみました。
神話が政治的虚構とすれば、人々の物語とは虚構ではない。それを立ち上げるのが「レジリエンス」である。肝要なのは思考停止を退け、レディメイドの都合のいい出来合いの物語に依存しないことである。
近代哲学の二大潮流はともに人間への注目から始まります。ルネサンスと宗教改革を経て合理主義と経験主義の隆盛、そして政治学の誕生を描写してみました。
時代を超えて読みつがれるカミュの作品に登場する反抗的人物たち。不条理に抗うことが人間の人間らしさかも知れません。
倫理学は身近なものごとへ注目することから始まりますが、案外、身近なものごとを見落としすぎているのではないでしょうか? あえて注目することで知らなかったことが見えてくるものです。
学問で重要なことは、大学や学問の制度や母国といった「ヤシガラ椀」の外に出ることであるが、これは全ての人間現象に当てはまる萃点である。『想像の共同体』著者の自伝的名著は、しびれる一冊である。
西洋近代哲学は存在論から認識論への転回として始まった。その二大潮流が大陸合理論とイギリス経験論である。権威によらず理性と経験によって真理を探求するこの二つの試みはやがてカントによって統合される。
近代日本の文壇は「人々に差別されつつ、人々を差別し返すという性格を刻印された小社会」という指摘がありますが、このルサンマンの複合汚染が、変革のできない日本的精神風土を形成しているのではないでしょうか。
今月はアウシュヴィッツを理解するための3冊を選んでみました。生還した記録、アウシュヴィッツ収容所所長の告白、そして戦争責任への個人の応答の哲学的思索の3冊です。歴史修正主義が吹き荒れる今だからこそ当事者の言葉に耳を傾けたい。
中世ヨーロッパとは知的にも技術的にも、精神的にも、「冥い」時代だったのだろうか。大学は中世後期に誕生するが、ここに注目すると、実り豊かな時代であったことが理解できます。