Salt14 – 歴史的公演を支えた人は

国立劇場が、1966年(昭和41年)に出来てすぐのこと。「彦山権現誓助剱」(ひこさんごんげんちかいのすけだち)、全十一段の「たて」(=「通し」、全部を上演すること。ハイライトだけは、「みどり<見どり>」といいます)が、上演されることになりました。
何百年ぶりの復活でした。その復活を支えた人は……?

Salt9 – ほんとの「取材」

一年ほど前まで、記者をしてたのですが、大震災以降、東北に通い、そのなかで、なんとなく、取材が少しましになったかなぁと思うようになってきたんです。
もちろん、今までなんやったんやろ、という自責の念が当然伴いますが。

Salt8 – 人類共通の財産

ケニアに仲間がいます。孤児院&学校をしています。その学校の教員や卒業生がときどき、日本を訪れてくれます。その人たちが「人類共通の財産」と誇りを持っているものがあります。それは……。
世界が称賛、日本のうんちゃら、とかいうものと、正反対のものです。

Salt7 – 「サティスファクション」誕生!

ロック・アンセム、The Rolling Stonesの「サティスファクション」。もちろん、「若者の不満」をとりあげて、その後のロックの歴史を変えた「一曲」ですが、それは、彼らのリスペクトするある人物に対する社会の扱いに対する「不満」が引き鉄となったものなんです。

Salt5 – 誰が追われて逃げるのか? つづき|テンプテーションズの「ラン・チャーリー・ラン」を巡って (その2)

ソウル・ミュージックの歴史的存在、ザ・テンプテーションズの第二次黄金時代のボーカル、デニス・エドワーズが、先日(2018年)2月2日に、シカゴで亡くなりました。デニスは翌2月3日が誕生日でしたので、74歳、後一日で、75歳でした。
テンプテーションズの歴史を見ながら、社会と音楽とが激しく交差した60年代から70年代を振り返りたいと思います。