名著を読む11 – カミュ『ペスト』を読む
時代を超えて読みつがれるカミュの作品に登場する反抗的人物たち。不条理に抗うことが人間の人間らしさかも知れません。
大事な何かをその手に取り戻す実験場。政治、宗教、生活、歴史、経済など各界の論客たちが思い思いの言葉を綴ります。
本連載では、いわゆる古典名著と呼ばれる、主として哲学や文学に関連した著作を紹介する。古典名著とは先人たちの悩みとの格闘の軌跡のこと。その格闘を参照することは現代に生きる私たちにとっては何より糧になる。人間にしか出来ない読書という営みを通して「人間とは何か」を考えてみたい。
時代を超えて読みつがれるカミュの作品に登場する反抗的人物たち。不条理に抗うことが人間の人間らしさかも知れません。
名著との格闘こそインデペンデンスの端緒になります。現代の古典といってよい丸山の『日本の思想』には、クリアにすべき問題がたくさん指摘されておりますが、これに答えていくことが私たちの課題と責任ではないでしょうか。
政治学者・丸山眞男の『「文明論之概略」を読む』をたよりにしながら、古典名著へ臨む態度を考えてみました。著者を祭り上げるのではなく、生きた人間として向き合うことが肝要ではないでしょうか。
人間の偉大さは、人間が自分の惨めなことを知っている点で偉大である=パンセ。人間よ謙虚になれと語るパスカルの『パンセ』は今読むべき一冊です。
ミルにとって自由とは人間の個性を開発し喚起し、それによって人間が相互に一層価値あるものとなる概念でした。今回は、そのマニフェストといってよい『自由論』をフーコーを先取りする「権力論」として取り上げてみます。
命令に従うことは「私的」な領域であり、批判的に検討する立場こそ「公的」な領域だと主張するカントの「理性の公的使用」論を取り上げます。ここでは、啓蒙された人間の責任ある生き方と人間の自由について考えてみようと思います。
啓蒙とは、何かを知っていることや知識が多いことではなく、「知る勇気をもて」、「自分の理性を使う勇気をもて」ということ。カントの哲学の一つの本質とは、人間が自由に独立独歩で思考して生きていくことではないかと考えてみました。
二元論と絶対的真理の主張で評判の悪いプラトンですが、その真意は、真実を探究せず、移ろいやすい世界や物事を絶対化させてしまうことへの警鐘だったのではないでしょうか。プラトンの説得的な構想力は、いまこそ必要とされる対話的叡智といっても過言ではありません。
読書への意欲はあるものの何から読めば分からないというひとに最もおススメなのが『鬼平犯科帳』シリーズ。圧倒的な面白さが、読書を習慣へと鍛え上げてくれます。池波先生の「人間とは何か」という探求は、あなたの人間観を深め、より世界へ関わっていくきっかけにもなるでしょう。
疑うことなく考えることのない世界は楽チンかも知れませんが、それでも「みんながそう思っているのだから、なんでおまえはそう思わないの?」っていうのばかりなってしまうのは少し窮屈ですよね。「確実性」を求めるデカルト的省察(疑い)は、何の手続きをも経ないで「確実性」と「思いこむ」感性よりは、少し彩り豊かな世界を、僕たちのまえに見せてくれる筈です。