freak40 – リーダーは要らない

東日本大震災から7年の歳月を見てきて、「強いリーダー」のところが、発災当初は物事が迅速に進むように見えました。ところが、二年、三年経つうちに、そういう自治体、企業、団体に、現場のニーズと齟齬が目立つようになりました。これは、驚くほど明白でした。予算分配が、結局、非効率となり、しかも必要としている人に届かない。発災当初、とても、ありがたい示唆を、ある「現場のかた」からいただきました。その「示唆」について述べます。

Salt29 – 震災直後の奇跡、その一例

震災直後、被災各地で想像を絶する「悲劇」とともに、想像を絶する「奇跡」も起こりました。岩手県の大船渡で起こった「奇跡」の話をします。直接現場に行き、何人ものかたに、おうかがいした話です。奇跡と言っても、「神仏」が起こした奇跡ではなく、人の「可能性の奇跡」です。

Salt19 – 高台移転と津波

岩手県の唐丹(とうに)は、何度も津波で壊滅的打撃を受けた場所です。でも、その都度、人々は海岸にまた住みつきました。津波の恐怖を忘れたのか、という意見もあるでしょうが、果たして、そうなのでしょうか?

FF9 – 「故郷」をつくること 「故郷」を失うこと——飯舘村・浪江町の、もう一つの歴史(その9)

連載九回目、最終回です。自分たちで作った村、そして、「日本一美しい村」まで育て上げた村。それがフレコンで有名になってしまいました。
村民のこころは揺れます。帰るべきか、実際はほとんど除染はなされていないので、帰らざるべきか。
そして、私たちは、どのように行動すべきなのでしょうか。

FF7 – 「故郷」をつくること 「故郷」を失うこと——飯舘村・浪江町の、もう一つの歴史(その7)

連載七回目です。農業自体が不可能と言われていた飯舘村。しかし、開拓農民を中心とする村民のちからは、それを可能とし、さらに、創意工夫で、全国最先端のコミュニティづくりも、次々と成功させていきました。そして、「日本一美しい村」となったのです。
しかし……。

FF6 – 「故郷」をつくること 「故郷」を失うこと——飯舘村・浪江町の、もう一つの歴史(その6)

そもそも、農業が困難だった飯舘村の地に、戦後開拓で入ってきた人は、豊かな土地を膨大な労苦によって育てていきました。そして、さまざなアイデアで、村のコミュニティをも、育てていきました。飯舘村は、コミュニティづくりで、全国の最前線に躍り出たのです。連載六回目です。

FF5 – 「故郷」をつくること 「故郷」を失うこと——飯舘村・浪江町の、もう一つの歴史(その5)

今回は、浪江町とどもども、原発から離れていたけれど、「警戒区域」に入り、さらに今も「帰還困難区域」を村内に有する浪江町についての、開拓の歴史をひも解きます。資料を見ていたら、知り合いの仲間の名前があちこちにでてきたりして、胸が痛いです。これだけがんばってきたのに。(連載第五回目)