ぼくは伯父さん1 – エコロジストではなくナルシスト【無料】

自分のことなら何でもよくわかっていると思うことほど傲慢なことはないと常々考えているのですが、考えている自分自身がそう錯覚していることってよくあります。先日、職場で「ウジケさんて、ナルシストですよね?」と指摘されましたが、まさにそのことです。そんなつもりはなくても、他者の眼差しをたよりにするならば……そして、その眼差しのほうが自己理解よりも正確であるのが世の常ですが……、僕はどうやらナルシストのようです。念のために、少し古い知人にそっと聞いてみたところ、

「むかしから、ナルちゃんでしょ」

と、ダメ出しを食らってしまいました。

いまさら、そのことに気がついて、それを修正するのは土台ムリな話しですので、そのままにして生きていくほか無いのですが、周りの人間にそれで不愉快な印象を与えているようではなく、どちらかといえば、「ウジケさんのちょっと変わった個性」あるいは「話のネタ」として受容されているようなのでまあ、いいかと考えることにしました。思えば「ナルシスト」なんてちょっと恥ずかしいなあと思っていましたが、愉快に受容されているとすればそれはそれでよし、というところでしょうか。

さてナルシストの「シスト」です。英語で語尾に-istを加えれば、専門家とか主義者を意味する言葉へと生成されるのですが、化石燃料に依存しない生活を励行している身としては、エコロジストだとか呼ばれたいのですが、そうではなくナルシストというのが、なんとも軟弱感が強く、自分の自己認識とは遠くかけ離れていたことにはやっぱり驚きを隠す事ができません。しかし、まあ、あれです。レイシストだとかエゴイストだとか評価されるよりマシなのも事実ではあります。

しかし、いろいろな人に聞いてみたところ、

「たしかに、ナルシストだとしても、それは自分を大切だと考えているという意味かも知れませんよ」

と指摘されると、たしかにそうだよなあと思い、ナルシスト最強!とまでは思わないとしても、「ものを大切に」「人を大切に」、そして「自分自身を大切に」して生きているのではないかと考えるようにしています。物は言いようとはこのことですかね。

しかし、自撮りをインスタにアップすることぐらいのお茶目さがなければ、人生は過酷で悲惨に満ち溢れた状態のままで、潤いというものがありませんよね。まあ、それが「ナルシスト評価」の決定打の一つになったとしてもですが。

執筆者プロフィール

氏家法雄
氏家法雄アカデミズム底辺で生きるヘタレ神学研究者
氏家法雄 アカデミズム底辺で生きるヘタレ神学研究者。1972年香川県生まれ。慶應義塾大学文学部文学科(ドイツ文学)卒。立教大学大学院文学研究科組織神学専攻後期博士課程単位取得満期退学。鈴木範久に師事。キリスト教学、近代日本キリスト教思想史、宗教間対話基礎論を専攻。元(財)東洋哲学研究所委嘱研究員。千葉敬愛短期大学(倫理学)、創価女子短期大学(哲学)、創価大学通信教育部にて元非常勤講師。論文には「姉崎正治の宗教学とその変貌」、「吉野作造の『神の国』観」、「吉満義彦の人間主義論」など。ええと「うじいえ」ではなく「うじけ」です。

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