携帯電話物語

20年ほど前、命の次に大事なものは何? と学生に質問したら、答えは携帯電話がトップだった。びっくりしていたら、あっという間に携帯が生活の、いや、体の一部になってしまっていた。

ドイツのデュッセルドルフ空港に降り立って、すぐ向かったのも電話会社。最も早く回線がつながって契約期間の縛りもない、プリペイド式携帯電話の購入のためだ。

パスポートその他の確認手続きをしてSIMカードをもらった。これを携帯に差し込めば通話が可能なはず。しかし、つながらない。

翌日から毎日店に行って話をしたのだが、対応する人がみな違うことを言う。で、ネットでの問い合わせに数日かかり、その後、やれ郵便局で身元確認をしろとか、どこそこの店に行けとか、二週間待てとか言われ、散々振り回されて最後にたどり着いたのが、トルコの人が店番をしているパソコンショップだった。

私の顔を見るなり、「振り回されて大変だったでしょ」と慰めてくれて、すぐに電話会社と交渉してくれた。そして、この会社は韓国籍の人にはプリペイドの携帯サービスを提供していない、ということがわかった。

彼は「どうして最初からきちんと店員たちに知らせないんだ」と怒ってくれた。そして、すぐ他の会社のSIMカードを入れて、さっさと手続きをしてくれた。ものの15分で開通。携帯のカバーまでくれた。その優しさに泣いてしまった。

思わず、どうして韓国籍ではダメなのか、その会社に聞いて欲しいとお願いした。

答えは「韓国はシリアと同じランクだから」。驚いて、「え?北朝鮮じゃなく韓国ですよ?」と、何度も聞き返した。そう、韓国がどれほど経済発展をしても、朝鮮戦争が今も休戦状態でしかない以上、戦争リスクが高いということなのだ。

昨年末からドイツの日本研究所に来たのは、自分のこと、在日のこと、そして朝鮮半島と日本のことを知りたかったからだ。しかし、ここに来て2ヶ月、自分がどれほど無知だったかを思い知らされる日々だ。

朝鮮半島のことは、中東情勢を抜きには語れない。パレスチナを知らないと研究者たちとの会話も成り立たない。そして、日本のことを調べれば調べるほど、アメリカを知らないとドツボにはまることを理解した。

日本に、戦後のアメリカによる占領統治について、韓国と沖縄と日本本土の違いを語れる人がどれほどいるだろうか。ドイツの研究者から日本語で、植民地下の作家金史良の話をされたときの、「参りました」感は半端なかった。

私がサポートに入る博士論文の院生は私より美しい韓国語を話すドイツ人で、論文も「在日」がテーマである。しかも日本語で書いている。

もう、めまいがする。私って、バカすぎるじゃないか。

彼らは、イスラエルと米国による大義なき大量殺戮は既に始まっており、先日シリアで行われた攻撃は核施設攻撃の事前演習で、次は北朝鮮で本番をやるだろう、という認識だ。そして、米国の核攻撃によって生じる大量の難民とその日本海での遭難状況のシミュレーションをし、どのように難民を保護するかを話し合っている。

そんな中、一枚の写真を見た。パレスチナの16歳の少年が凄まじい暴行の末、目隠しをされて、イスラエル兵に囲まれ引きずられていた。石を投げて抵抗したという容疑だが、少年は体の不自由な父親の代わりに学校をやめて働き、一家を支えていたのだ。

いくつかの監獄を経て釈放された少年をトルコが受け入れた。

思えば、ドイツでもトルコ人街には近づかないようにと言われるし、集住地域でヨーロッパ系の人と出会うことはない。

しかし、その街に入ると、ここが自分の居場所だと感じるのだ。一ヵ月も私を振り回した電話会社の人で、一言でも私に謝ってくれた人はいない。なぜか、ドイツで困ったときに、言葉もわからないのに助けてくれるのは、やはり同じ移住者なのだ。

ふと、ドイツ人女性の「国際結婚」で一番多い相手はトルコ人男性だと聞いたこと思い出した。ドイツ女性は目が高い!

携帯電話は、いろんなことを教えてくれる。

 

(マスコミ市民’18年2月号より転載)

執筆者プロフィール

辛淑玉
辛淑玉
1959年東京生まれ。在日三世。
人材育成技術研究所所長。
企業内研修、インストラクターの養成 などを行うかたわら、テレビ出演、執筆、 講演も多数こなす。
2003年に第15回多 田謡子反権力人権賞受賞。2013年エイボン女性賞受賞。
著書に、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(ともに岩波新書)、『差別と日本人』(角 川テーマ21)、『せっちゃんのごちそう』(NHK出版)など多数。

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