女優木内みどり

私の記憶では、福島原発事故直後に、世界的スターなら取るだろうという行動様式が日本の芸能界でもわずかに見られた。その代表が、山本太郎(現参議院議員)と木内みどりだろう。

原発に対して批判的な言葉は、この国ではご法度だった。口にすれば、それはメディアの世界で生きていけなくなることを意味したからだ。

のちに、共通のあこがれの人、小出裕章さんを通じて、木内みどりさんと知り合い、以来、「みどちゃん」と勝手に呼んでいる。小出さん争奪戦の恋敵でもあるのだが、いまのところ私の完敗が続いている。みどちゃんは強い。

そのみどちゃんが、昨年(編集部注:2019年03月時点の記事です)、インターネットでラジオ局を開局し、出版部まで作った。そして『私にも絵が描けた』(500円+税)を出版した。

コトのはじめは、2017年1月、娘さんに「鳥の絵を描いて」と言われて、4本足の鳥の絵を描いてしまったことからだったらしい。娘さんは、毎日笑いたいから毎日描いてと言い、その結果、1年間、自作を毎日ツイッターに上げ続けた。それが一冊にまとめられたのだ。

絵心というのは誰にでもあるものだが、下手だという評価のせいで感性を封印されてきた人は多いはずだ。みどちゃんもその一人だったという。

彼女のこの一年間の軌跡は、技術面でも、対象を見つめる眼差しの深さも、どんどん進化してきたことが誰にでもわかる。

そして、あらためて、木内みどりは俳優なんだと実感した。

私は、彼女の作品を多く見てきた方ではない。しかし、テレビドラマや舞台での彼女の姿は圧倒的だ。そこには私の友達の「みどちゃん」はいない。まるで何かがノリ移ったかのような、別人格が目の前に現れる。

俳優という仕事、他者の人生を表現することがいかに難しいかは、共感性を持つことの難しさを考えれば十分想像できるだろう。感情を理解するだけでなく、細部に渡って徹底的に相手を見つめなければ演じることはできない。

そこに演出家や監督の意図まで加わるのだから、生半可な研究者では太刀打ち出来ないほど徹底的に調べ上げ、想像し続けなければ、観客にはそっぽを向かれてしまう。一瞬の表情の中で、歴史観や人間の哀しみ、複雑さを演じる仕事が、私の知る俳優という職業だ。

木内みどりは、まさに俳優として、社会を、政治を、じーっと見つめてきた。だから、彼女が「この人は」と選んだ人たちは、みんな生き方がかっこいいのだ。小出裕章さんをはじめ、元日弁連会長の宇都宮健児さん、女性装の東大教授・安富歩さんなど、玄人がうなる面々だ。

おそらく彼らは選ばれたとは思っていないかもしれないが、間違いなく木内みどりに「選ばれた」のだ。彼女の人間に対する選択眼は、しごくまっとうで厳しい。

なにしろ、日本の商業演劇を代表する「劇団四季」に中学生で合格しただけでなく、当時代表だった絶対権力者浅利慶太に対して、「お前が悪い」とその頭を叩いたという逸話の持ち主なのだ。

木内は、あの頃からぶれていない。

彼女は、既存の価値観にまどわされずにどう生きるか、物心ついたときからずっと自問し続けているのだろう。

木内みどりといえば、パートナーの水野誠一氏を思い浮かべる人も多いだろう。西武百貨店の社長をつとめ、参議院議員、新党さきがけの政策調査会長等を歴任した実力者だ。

大きな声では言えないが、彼もまた木内に選ばれた一人なのだろうと思う。少しでも人間としてぶれたことをしたらいつでもあなたを捨てるから、というメッッセージをずっと受け続けながら「夫」のポジションを維持できている水野さんは、女の人生の邪魔にならない男のロールモデルそのものだ。

その木内が、思いを伝えるために、自費でWEBラジオを開局し、本も出版した。それはまさに、ずっと時代を見つめてきて、このままではいけないという、彼女の魂が起こさせた行動なのだと思えてならない。

個人的なことなのだが、ドイツに発つとき、みどちゃんが心配して弁護士事務所にかけつけてくれた。その時、みどちゃんの手には「餞別」があった。仕事をすべて捨てての渡独で生活の目処も立っていなかったので、そのお金は本当に助かった。

そのお金で自転車を買った。車なしでは生活がままならないドイツで、一日30キロ以上も自転車を走らせて、生活を切り抜けた。

残ったお金で携帯を買った。

私は、毎日、木内みどりの眼差しと共に、ドイツで生きている。

木内みどり 小さなラジオ
https://kimidori-radio.com/

 

写真:木内の言葉を残した遺作

 

(マスコミ市民’19年3月号より転載)

執筆者プロフィール

辛淑玉
辛淑玉
1959年東京生まれ。在日三世。
人材育成技術研究所所長。
企業内研修、インストラクターの養成 などを行うかたわら、テレビ出演、執筆、 講演も多数こなす。
2003年に第15回多 田謡子反権力人権賞受賞。2013年エイボン女性賞受賞。
著書に、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(ともに岩波新書)、『差別と日本人』(角 川テーマ21)、『せっちゃんのごちそう』(NHK出版)など多数。

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